猫のまなざし -5-
2020年1月17日
このあいだ、高校の同窓会で、長谷の実家に何度も遊びに来ていた横浜の友人4人が口
を揃えて、
「えっ? 鎌倉には大船観音の他に長谷観音っていうのもあったの? 大船観音だけだと
思ってた」
と言ったから私は、「鎌倉で観音といったら長谷観音に決まってんだよ!」 と憤慨した、と同時に軽く傷ついた。そして傷つきながら、これが郷土愛なんだろうなと思った。
長谷には大仏と観音という2つの観光名所があって、直線距離で300メートルくらいし
か離れていないわけだが、子供たちの遊びのグループは、大仏周辺と観音周辺とで別々で
、私は観音周辺のグループだった。だから長谷観音が大仏より知名度が劣ると思うとちょ
っと悔しい。
長谷の中心を通る大通りを鎌倉駅の方から来ると正面に見えるのは長谷観音のある長谷
寺の山だ。その山とそこの木々に囲まれた観音堂の屋根、という風景を長谷のシンボルと
感じて育った。長谷寺からは朝と夕方の6時に時を告げる鐘が聞こえてくる。子供時代、
うちの門限は6時で、母と私の取り決めは「観音さまの鐘が鳴り終わるまでに帰ること」
だったから、鐘が鳴り出すと私は家へと猛ダッシュした。
観音堂は石段をのぼった山の中腹にあり、そこからは鎌倉の町と海が見渡せる。鎌倉の
町が見渡せるスポットはもう1ヵ所、地元では「お神明(しんめい)さま」と呼んでいる
甘縄神社で、こっちは長谷の氏神さまだ。私の家は長谷観音と甘縄神社の中間なので、お
神明さまにも観音さまと同じくらい愛着がある。
調べてみると、創建が長谷観音が736年で、甘縄神社が710年。どちらも意外なほど古
く、この仏さまと神さまに見守られて、長谷を中心とする鎌倉の西側の町が開かれていっ
たんだろうなあ、と思う。
毎年9月には甘縄神社のお祭りがあって、12月の18日には長谷観音の参道で歳の市がある。私が子供の頃(つまり50年前)には子供向けのオモチャが今とは比べものにならないくらい少なく、この歳の市の露店でしか売っていないオモチャを買ってもらうのが楽しみだった。八幡さま(鶴岡八幡宮)に行けば露店は一年中あったけれど、地元で買ってもら
うところに喜びがあった。歳の市は冬なのに不思議と寒さを感じなかった。
……などと、今回は大仏さまをそっちのけで書いてきたが、よその土地の大仏を見るた
びに、「鎌倉の大仏が一番!」と思ってることは、わざわざ言うまでもない。
<プロフィール>
保坂和志(ほさかかずし)
小説家。1956年山梨県生まれ。幼少時。鎌倉長谷に転居。
長谷幼稚園。第一小学校。栄光学園中学・高校、早稲田大学卒。
90年「プレーソング」で小説家デビュー。
95年「この人の閾(いき)」で芥川賞、
97年「季節の記憶」で谷崎潤一郎賞・平林たい子文学賞、
2013年「未明の闘争」で野間文芸賞を受賞。猫好きとして知られる。
2018年「こことよそ」で川端康成賞を受賞