猫のまなざし -3-
2019年9月24日
「春告鳥」とも書くウグイスは春だけ鳴くわけでなく夏の間もずっと鳴きます。
鎌倉は私が子どもの頃の、四十年五十年前はウグイスを聞くのは珍しかったが、宅地が増えて山の緑が減ったのがたぶん原因で、今では長谷の家の庭先で鳴くのが聞こえる。あんまり当たり前に聞こえてくるから、
「一日中鳴いててうるさい」
なんて言う人までいるくらいだけど、ウグイスのホーホケキョがうるさいと感じるくらいに鎌倉は今でもまだとても静かな土地なんだと思う。長谷の周辺では山の近くの裏道(どこでもすぐ山ですが)に入っていくとたいてい聞こえる。うちは父のお墓が光則寺にあって、光則寺は山に囲まれているからお墓参りしているあいだ、ずうっとホーホケキョが聞こえてくる。
「ホーー」とまず長く鳴いて、ひと呼吸おいて「ホケキョ!」
「ホーー」からひと呼吸の間にいたる時間が静寂を感じさせてくれて、「ホケキョ!」で空気が小さく鋭く切り裂かれる。あるいは空間に活が入る。
もう一カ所、大仏の脇を行ったところに山里のような野原のような趣の場所があり、私は去年そこの道を歩いていたら立ち止まった私の前と後ろの両方から「ホーーー、ホケキョ!」が聞こえてきた。ウグイスはオスしか鳴かないと言われているから、あれは愛の鳴き交わしでなくテリトリーの主張をし合っていたということだろうか? そこはしかしたぶん私道なので、今はこれ以上詳細な場所を書くわけにはいきません、すいません。
夏になるとウグイスよりもっと聞こえてくるのがホトトギスだ。ホトトギスは〈トッキョキョカキョク〉という語呂合わせ(正しくは「聞きなし」)があるくらいでウグイスよりだいぶせわしない。でもそのせわしなさが汗をかいているところにはちょうどよく感じられる。ウグイスより鳴き声と鳴き声の間隔も短い。聞こえ出したらずっと聞こえている。
「卯の花の匂う垣根に、ホトトギス早も来鳴きて」(夏は来ぬ)
ということは、ホトトギスも庭まで降りてくるということなんだろうが、鎌倉ではホトトギスは山のわりと高いところで鳴くみたいだ。
<プロフィール>
保坂和志(ほさかかずし)
小説家。1956年山梨県生まれ。幼少時。鎌倉長谷に転居。
長谷幼稚園。第一小学校。栄光学園中学・高校、早稲田大学卒。
90年「プレーソング」で小説家デビュー。
95年「この人の閾(いき)」で芥川賞、
97年「季節の記憶」で谷崎潤一郎賞・平林たい子文学賞、
2013年「未明の闘争」で野間文芸賞を受賞。猫好きとして知られる。
2018年「こことよそ」で川端康成賞を受賞